ベテランに任せきりの作業を、そろそろ会社に残さないといけない。そう思って調べ始めると、「技能伝承」「技術伝承」「技能継承」「技術継承」と似た言葉が並び、どれが自分の会社の話なのか分からなくなる——中小製造業でよくある場面です。言葉の整理から始めます。

結論:技能は人に宿るもの、技術は文書にできるもの

技能とは人に宿っていて言葉にしにくいもの、技術とは図面・数値・文書のかたちにして人から切り離せるもの——これが両者の違いです。伝承と継承は語感の違いで、伝承には「人から人へ教え伝える」、継承には「役割や仕事ごと引き継ぐ」という含みがありますが、実務では区別せず使われており、どちらを使っても間違いではありません。

  • 技能の例|溶接の力加減、機械の異音を聞き分ける耳、その日の材料に合わせて段取り(作業の順番の組み立て)を変える勘。本人も「なぜできるのか」をうまく説明できないことが多い
  • 技術の例|図面、加工条件の数値、配合表、検査の合否基準。書いたものを読めば、別の人でも同じ結果を再現できる

一人のベテランの仕事には、この二つが混ざって入っています。「あの人の技術を全部残そう」と一括りにして手が止まるのは、性質の違うものを同じ方法で残そうとするからです。まず、残したい中身がどちらなのかを仕分けることが出発点になります。この「言葉にしにくいもの/かたちにできるもの」という区別は、暗黙知と形式知の考え方とも重なります。

言葉の区別が実務で大事なのは、残す方法が変わるから

技術は文書にすれば残りますが、技能は文書だけでは残りません。この区別をせずに継承を始めると、次のどちらかの失敗が起きます。

  • 技能まで文書で残そうとする|「いい感じになるまで調整する」としか書けず、読んでも再現できない紙だけが増える
  • 技術まで「見て覚えろ」で渡そうとする|文書にすれば短時間で伝わる内容に、長い年月をかけてしまう

厚生労働省の「平成28年度 能力開発基本調査」(2016年度の調査です)では、技能継承に問題があるとした事業所は製造業で54.7%にのぼります。教える時間も引き継ぐ相手も足りないのが普通だからこそ、文書で済むものは文書で済ませ、人にしか渡せない部分に指導の時間を集中させる必要があります。

技術の残し方と、技能の残し方

技術の残し方は、数値と条件を文書に落とすことに尽きます。加工条件・材料・検査基準を「誰がやっても同じ結果になる」形でまとめたものが作業標準書で、書き方は作業標準書の作り方で解説しています。文書になった技術は、担当者が代わっても会社から消えません。

一方、技能は丸ごと文書にはできません。ただし「動き」と「判断」に分解すると、残せる部分がはっきりします。

  • 動きやコツ|手元の動き・音・速度は、文章より映像のほうが正確に伝わります。撮り方と続け方は動画マニュアルの作り方にまとめています
  • 判断|「どうなったら止めるか」「どちらを先にやるか」という分かれ目は、条件のかたちで言葉にできます。これを表にしたものが判断表です

つまり技能も「まったく残せないもの」ではありません。動画と判断表で外側から挟んでいけば、人から人へ直接教えるしかないのは、最後に残る感覚の部分だけになります。

どちらから手を付けるか──技術が先、技能は「判断」から

先に手を付けるべきは技術です。文書にできるものは短期間で形になり、ベテランの指導時間をほとんど使わないからです。順番はこうなります。

  1. 図面・数値・条件など、文書にできるもの(技術)を先に書き出す。既にある資料の置き場所をそろえるだけでも前進する
  2. 技能のうち、判断を判断表に、動きを動画に残す
  3. どうしても残らない感覚の部分だけに、人から人への指導時間を使う

正直に書いておくと、私は製造業の現場で職人の作業を見てきた経験はありますが、技能継承そのものを実施した経験はありません。だからツグアスでは、手の感覚や力加減といった作業そのものではなく、その手前にある判断と段取りの記録に範囲を絞っています。判断を言葉にする作業は、いま営業組織で担当している「新しく入った人が独力で立ち上がる仕組みづくり」の中心でもあり、ここなら当事者として話せるからです。

まとめ

  • 技能は人に宿り言葉にしにくいもの。技術は図面・数値・文書のかたちにできるもの。
  • 伝承と継承は語感の違いで、実務ではどちらを使っても間違いではない。
  • 区別が大事なのは、残す方法が変わるから。技術は文書に、技能は動画と判断表に残す。
  • 手を付ける順番は技術が先。技能は判断と段取りから着手し、感覚の指導は最後に絞る。
  • 全部を一度にやらない。止まると困る業務を一つ選んで始める。